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「止まること」、「逃げること」はネガティブじゃない。忙しい現代生活との適切な距離について。Earthboat × zenkyu matcha 対談


抹茶をただの飲み物でなく、「心を整えるひととき」へと昇華させる。そんな習慣の普及を目指して活動するブランド「zenkyu matcha」は、国内外に向けて高級で上質な抹茶と、お茶を楽しむ道具の数々を提供しています。

抹茶を点てて味わうというシンプルな所作を通して、忙しい生活に立ち止まる時間を生み出し、深呼吸をして、今この瞬間に戻ることを促します。

そんな彼らが共感し、敬意を込めてコラボレーションを依頼したのが、長野県黒姫にある宿泊施設「Earthboat」。“Nature Escape(自然への逃避体験)”を掲げるこの宿泊施設を舞台に、2025年9月に2日間のイベントが行われました。

自然の中に身を置くことで日常からの「escape」を提供するEarthboatと、抹茶を点てて味わう時間を通して、忙しない現代生活からの「小休止」を促すzenkyu matcha。異なるアプローチを取りながらも、どこか近しい価値観を共有する2つのブランド。代表の二人が、それぞれのサービスや思想、「忙しすぎる社会生活から距離を取ることの意味」に至るまで、ざっくばらんに語り合いました。

抹茶を点てながら

9月29日〜30日の2日間に渡って開催された、Earthboat Kurohimeでのコラボレーションイベント。イベント2日目の朝には、森の中に畳を敷き、ミニ茶室のような空間でお茶会を開催。黒姫の大自然に身を置き、心を落ち着かせ、自分を見つめなおしながら抹茶を点てて味わう。そんな特別な時間が生まれました。

お茶会を終え、参加者のみなさんをお見送りした後のこと。友人を迎えに来たかのようなラフな空気をまといながら、吉原ゴウさんがやってきます。アウトドア用テーブルに並べられた茶道具たちの前で、二人とインタビュアーの対話がはじまりました。

◎ プロフィール
筋健亮(zenkyu matcha創業者
1989年東京都生まれ。米日用品大手P&Gで10年半マーケティングに従事し、ファブリーズやブラウンブランドのディレクターを歴任。自身の原体験から、茶道と禅の哲学を基盤に2025年に「zenkyu matcha」を創業。抹茶を点てて味わう時間を、心身を整える“Ritual(習慣)”として世界に広めている。

吉原ゴウさん(株式会社アースボート 代表取締役)
1982年長野県生まれ。2007年〜2022年まで株式会社LIGを経営。株式会社LAMP取締役。2022年に株式会社アースボートを創業し、代表取締役に就任。アウトドアスクールを経営する家庭で生まれ育ち、子供の頃よりカヤック、スキー、山菜取りやキノコ刈りなどをして育つ。長く東京でIT業界に身を置いていたが、田舎の自然の魅力や、アウトドア体験をコアとしたビジネスをするために長野県信濃町にUターン。

 

──ゴウさんは、ふだんから抹茶は飲まれますか?

ゴウさん:ちょっと前に筋さんが我が家に遊びに来てくれて。その時に抹茶を点ててもらって飲んだんだよね。それが美味しくて、日常的に抹茶を飲むようになったよ。コーヒーは豆から挽いたり焙煎したりするけど、お茶はそこまでこだわってこなかったし、掘っていくと面白そうだなと思っています。

筋:ありがとうございます!嬉しいです。今回のイベントの参加者のみなさんも、抹茶を点てたことが無い方が多かったんですが、いざ一緒にやってみると「こんなに美味しいんですね」と言ってもらえて。改めて抹茶のポテンシャルを感じましたね。

ゴウさん:抹茶というと、日本ではお茶の世界の厳かな印象が強いから、家庭で飲むものというイメージはないよね。

筋:海外の人は、そういう茶道に対する先入観がない分、自由な発想で抹茶を楽しんでくれているなと思います。ラテもそうだし、シロップをたくさん入れるとかも。でも、僕はそういう自由さがいいなと思っています。

「家でも抹茶を飲むようになった」というゴウさんに、筋は「今日も、お話しをしながら一緒に点ててみましょう」と誘います。お茶の準備をしながら、zenkyu matchaのコンセプトについて語る筋。「Matcha Ritual」という言葉を掲げ、抹茶を点てて飲む時間を儀式のような形に昇華させながら自分を労わることや心身の健康に貢献していきたいこと。だからこそ、誰かと一緒にお茶を点てる時間を大切にしていることを伝えます。

 

ゴウさん:(缶を開け、なかにある抹茶を見て)すごい、本当に綺麗な緑だね!

筋:そうなんです!茶畑にちゃんと覆いをして日光を遮ってやると、こういう色になるんです。じゃあ、一緒に点ててみましょう。


筋さんのアドバイスを聞きながら、ゴウさん自ら抹茶を立てていきます
▼zenkyu matchaのWEBでは、点て方や楽しみ方を映像で解説しています
https://zenkyumatcha.com/ja/pages/howto

 

筋:こちらで完成ですね。せっかくなので、飲む時はうつわをくるくると回して、正面を外しましょう。謙虚さの表現です。

ゴウさん:(ゆっくりと、ひと口飲む)ああ、美味い。外で飲むのもいいね。野点って文化も、元々あるもんね。

──自分で点ててみて、いかがですか?

ゴウさん:細かい作法はわからないけど、抹茶を飲むために点てるだけなら、子どもでも体験できるなって思ったよ。それに、温度と入れる量を間違えなければ、安定して美味しく飲めるんじゃないかなって。

 

「自然のなかで過ごしたい」という根源的な欲求

森と池に囲まれた宿「アースボート黒姫」。
提供:株式会社アースボート

青々と茂る黒姫の森の中、大きなため池を囲む広大な土地にあるEarthboat Kurohime。客室棟のトレーラーハウスの前に座って語っていると、次第に話題はゴウさんの「自然への想い」へ移り変わります。

 

──筋さんは、Earthboatに来るのははじめて?

筋:前に一度見にきて。でも、ここでゆっくり過ごしたのははじめてですね。僕らはブランドとして、深呼吸を大事にしているんですけど……ここでする深呼吸は気持ちいいんですよね。
それに、棟と棟の間が離れているからですかね?キャンプ場とくらべて、すごく静かな感じがします。

ゴウさん:黒姫は特に棟同士が離れてるんですよ。それに、1棟あたりの定員が3人なのも関係があると思う。人間って5人を超えるとうるさくなっちゃうんだけど、2人とか3人でこういう場所に来るとトーンも下がり気味になる。よく聞こえるのは、薪を割る音くらいだよね。

筋:話題も変わりそうですよね。焚き火をしながらだと、人生の話とかをしちゃいそうです。

ゴウさん:夜になると周りは真っ暗で、照明もなくて、焚き火でお互いの顔が照らされてる。自然と、深い話にはなるんじゃないかな。

──Earthboatはとても人気だと伺っています。国内に7拠点あり、さらに増えつつもある。なぜいま、Earthboatが求められていると思いますか?

ゴウさん:やっぱり、人間の根本的な欲求のなかに「自然の中で過ごしたい」みたいな想いがあって。自然と切り離された都会で暮らしていても人生は成り立つけど、だからこそ反動で自然を求める、みたいな動きがあると思う。 

それに、「自然の中で過ごしたい」ってニーズに応えるサービスって、実は結構限定的だとも思うんです。

キャンプだとギアを揃えたり火を起こしたりするのが大変でハードルが高いけど、グランピングだとロッジの中が快適すぎて、ついつい部屋のなかにいちゃう。Earthboatはそういう微妙なところを埋めているサービスだと思っていて、それって意外と世の中にないんじゃないかな。僕らは基本、お客さんには外に出て、自然のなかで過ごしてほしいと思ってるんです。

アースボート黒姫 — キャビンの目の前に広がる池と緑の山並み。

建物を出れば、目の前には大きな池と緑の山並みが広がる Earthboat Kurohime。外に出て風に吹かれているだけで、穏やかな心持ちになれる

 

ゴウさん:あと特徴的なのは、Earthboatにはそれぞれの棟にサウナが付いていること。サウナがあることで、体を温めたり、水風呂で冷やしたりできるっていう機能性がすごく重要なんです。

これはよく話すことなんだけど、人間は天候はコントロールできない。ただ、体温はコントロールできるんですよ。

秋だと昼間はシャツ一枚で気持ち良くても、夜になると冷え込んでくる。とっとと部屋に入るか、厚着しなきゃいけなくなるけど……サウナがあると、体が温められる。真夏だと暑すぎて外にいられなくなるけど、冷たい山の湧水を引いた水風呂に入って、体を冷やせば、外で気持ちよく過ごせる。

そうやって体温をコントロールするための仕組みがサウナであり、水風呂であるって考え方で、Earthboatは設計されてるんです。

筋:すごく面白いですね。快適だと思える環境を、とても細かい気遣いと設計によって増やしているというか。

ゴウさん:そうそう。Earthboatのすごいところは、雪が降ってもお客さんが外で過ごされてるところで。外が氷点下で体が冷えても、すぐそこに80℃〜90℃に温められたサウナという部屋があって、入ればすぐに体はポカポカになる。その心理的安全性ってすごいんだなって。

筋:根本的な本能としての「自然の中で過ごしたい」って感覚は、僕も感じることがあります。いまは自分も子どもと妻と一緒に都会に住んでいて。夜も明るいし地面はコンクリートで硬い……って状態は特異だし、どこかでストレスを感じているんじゃないかって。

少し前に、子どもを連れてキャンプに行ったんです。3歳の頃だったから、まだ自然のなかの真っ暗闇を経験していなくて。すごく怖がるんです。でも、何日か経つと慣れてくるし、はしゃぐようになるから。やっぱり自然のなかは楽しいんだな、という気持ちもわかるし、でも普通にキャンプをしようとするのは大変だよな、って気持ちも、どちらもわかる気がします。

 

意外とポジティブな「escape」と「pause」について

──この対談を行った理由として、ゴウさんなら私たちが考える「忙しすぎる現代の生活への違和感」や、「それと距離を取ること」に共感してくれるのではと考えたことがあります。Earthboatは「Nature Escape」という言葉を掲げていますが、そのコンセプトについて聞かせていただけますか。

ゴウさん:我々が掲げている「Nature Escape」って言葉は、結構意味が深くて。

まず、「escape」って言葉にはどこかネガティブな印象がありますよね。でも、自分たちはこれをポジティブな言葉であり、能動的な衝動として捉えています。なぜかというと、そもそも現状に対する違和感とか危機感、渇望みたいなものがないと「escape」はできないと思うんですよ。それって意外とポジティブな衝動なんじゃないか?と思って。

都会での生活や、自然から離れた生活が一般的なものになるなかで、実は心の底で「自然の中で過ごしたい」とか「子どもを自然に触れさせてあげたい」って欲求があるんじゃないかと。でも、都会にいればいるほど、そのためのアクションや表現の仕方って難しくなると思うんです。

僕らは、その一歩目を提供したいと考えています。「Nature Escape」にも、「積極的に自然に飛び込んでいこうぜ」って意味を込めている。

──それで、手ぶらでも来られる設備になっているんですね。

ゴウさん:それから、Earthboatには能動的にやらなきゃいけない部分も残していて。道具は揃えてあるけど、サウナのための火は自分たちで熾さないといけないし、薪も自分たちで割らなきゃいけない。料理をして、お茶をたてて、外の空気を吸って、体が冷えたら、自分でサウナを温めて、自分で暖をとって、また外に出てっていう。結構、能動的に動いていかないと成り立たない世界なんですよ。

筋:話を聞いていて共感するところがあって。「escape」って言葉をネガティブではなくポジティブに捉えていることって、とても面白いと思いました。

僕たちのブランド名の「zenkyu(禅休)」にも「休」という字を使っているんですが、ここには「pause」という意味を込めていて。抹茶を点ててゆっくりと飲む時間が、忙しい生活を一旦止める時間になればいいなと思っています。

僕自身、もともとは資本主義が中心の世界にいました。そこにいると成長し続けなきゃいけないし、停滞することはよくないこととされる場所で。毎日忙しくて、どんどんやるべきことに流されていってしまうじゃないですか。メールは返さないといけないし、スマホの通知が鳴り止まない時だってある。気がつくと他者や会社の要請に応え続ける時間が増えてしまうからこそ、「あえて今は止まって、自分のための時間にする、自分と向き合う時間にする」ということが大切だと思っていて。

積極的に余白の時間に手を伸ばして、止まることの意義は大きいと思うんです。それができないほど忙しい時って、きっとそのまま走り続けるのは難しい時だと思うから。バロメーターのようなものでもありますよね。

ゴウさん:めっちゃいいと思うよ。積極的に一時停止するとか、積極的にNature Escapeするとか。能動的に体を休めて、頭をリフレッシュさせるということを俺たちはやろうとしているんだよね。

俺も私生活の中でコーヒーを焙煎して、手で挽いて淹れてるんだけど、それはその所作が好きでやってる。同時に、その余裕を生活のなかで持ててるかどうかを測ってるんだと思う。

きっと、その測り方はコーヒーだけじゃなくて。人によって抹茶でもいいし、部屋を掃除するでもいいし、読書をするのでもいい。日常のなかでそういう余白みたいな時間を取れてるかな?っていうことは、意識したいのかもね。

 

一人一人の豊かさをどう見つけるのか

対話のなかで気づかされたのは、Earthboatにとっての「Nature Escape」が、zenkyu matchaにとっての「休」に込められていたこと。共通項を見つけた二人は、止まった先にある「豊かさ」について考えます。

 

──escapeやpauseによって自分に向き合う時間が生まれたら、その先にはどんな快適さや豊かさが見つかると思いますか?

筋:大袈裟に聞こえるかもしれないんですが、立ち止まった先の豊かさって、一人一人が自分で決めないといけないなと思います。

僕自身、社会の中で「正解」とされるものを追い求めてきた自覚があって。やってきたことに後悔はないけれど、自分の場合は、その正解をこなし続けた先に自分なりの幸せはないかもしれないと思ってしまった。それが原体験になっているんです。

もしかしたら昔は、幸せってある程度は統一化された基準があったのかもしれないって思います。高度経済成長期の頃とかは、多くの人が年収が上がって、マイホームを買ってマイカーを買って……みたいな“みんなの幸せ”があったのかな。いまは、それでは幸せじゃないと思う人も増えてきているからこそ、自分がいまどう感じていて、何が幸せなのか?を問い続けるしかない。

「抹茶を点てて味わう」という時間は、そういう問いを考えるための時間になりうると信じていますね。

──ゴウさんは、いかがですか?

ゴウさん:筋さんが話していた「内面に向き合うこと」について話すなら、自然のなかで過ごすことで、自ずと内面に向き合えたり、誰かとの対話が深くなったりする側面はあると思う。

あと一つやってみてほしいのは、自然の中で薄着になること。なるべく身一つで外で過ごす気持ちよさとか、肌で自然を感じる気持ちよさって、味わえる場所もなかなかないから。それこそ子どもには特に、「もっと薄着になってもいいんだよ」って思うし、サウナ終わりに薄着で外をうろうろしてくれている人たちを見ると「楽しんでくれているなあ」って思う。

やっぱり、比喩的な表現も含めていろんなものを着込んで生活してるじゃん。

筋:普段着込んでいるものって、社会的な常識だったり、肩書きだったりもしますよね。それが悪いことだとは言い切れないけれど、それを正しいと信じすぎているうちに、心がついてこなくなったことはあったので。自分の日常とは違う体験を通して「こういう世界もありなのか」と考えることは大切だと思いますね。飛び込んで自分がどう感じるのか?って問いをきっかけに、自分の内面と対話することができると思う。 

──そういう「自分にとっての豊かさ」を見つけるためには、何ができると思いますか?

ゴウさん:いろいろやってみるしかないですよね。何がマッチするかは人によって多種多様だから。

そういう意味では、生活が固定化されすぎるとストレスが溜まってくるし、淀みもするだろうから。変化する部分としない部分を定めて、「なんか停滞してるな」って思った時に新陳代謝を求めた方がいいと思う。

それは日常生活の中での抹茶でもいいかもしれないし、ちょっと自然に触れに来よう、でもいいかもしれない。

筋:ゴウさんのなかで、最近の新陳代謝はありましたか?

ゴウさん:この夏にずっとやってて、意外と癒しになったのは庭の草刈りかなあ。自分の住んでいる家が古民家で、周りが畑だから土地を維持するためにも草を刈らないといけなくて。草を刈りながらちょっとPodcastを聴くとか、畑を耕しながら何かを聴くとか。

それは、部屋を掃除するのと同じような感覚かもね。自分の生活の周りが散らかっていると落ち着かないけど、綺麗になると心も気持ちのいい状態になるから。

──とても重要な議論ができたように思います。最後に、今日の対談を振り返っていかがでしたか。

筋:やっぱり、Earthboatの根本にある都市生活への違和感とか、人間の本能を呼び覚ますようなきっかけを作っていくっていうことは、自分が感じている課題ともすごく近いものがありました。サービスの設計や思想もふくめて、とても学びになる機会でした。ありがとうございました!

ゴウさん:話してみて、筋さんが取り組む「抹茶」って格式高いイメージがあって、そこにどう取り組むかは難しいし面白いところだなと思いました。伝え方や楽しみ方次第でたくさんの可能性があるとも思う。

筋さんがEarthboatに対して共感できる部分とか、共通している部分を見出してくれて、こうやって対談の機会をもらえたのは良かった。今日は本当、楽しかったです。

「意外と、ポジティブな衝動なのでは?」ゴウさんがそう感じた「escape」という言葉と、zenkyuがその名前に込めた「休 = あえて止まること」の重要さ。互いの思想に共感を示しながら、それぞれのアプローチで現代社会の「忙しさ」から適切な距離を取ろうとする二人の話は生活に向き合うための示唆に富んだものでした。

忙しさから離れ、自らの内面と向き合うことで、自分なりの豊かさを見つけることができるはず。まずは「自分の時間」をつくるために、自然のなかで過ごす体験や、抹茶を点てて味わう時間を、日常のなかに取り入れてみませんか。

 

 

取材・文 乾隼人
撮影 伊藤僚哉
取材協力:Earthboat Kurohime
https://earthboat.jp/kurohime